覚えていてくれる道具を、少しずつ増やしていく
夜の9時を過ぎていました。
子どもが寝てから、机の前に座って、ノートパソコンを開きます。
この時間が、私にとって一番静かで、一番集中できる時間なんです。
今日やろうと思っていたのは、ちょっとした道具の整備でした。
日々の作業のうち、何度も何度も繰り返している手順を、「覚えていてくれるもの」に渡していく作業です。
最近、ずっと気になっていたことがありました。
「ちゃんと書けてる?」を毎回 AI に聞いていた

「ちゃんと書けてる?」と、毎回AIに聞かないといけないこと。
記事を書き終わったあと、ガイドに沿っているかチェックしてほしくて、そのたびに頼む。
たまに忘れると、あとから読み返してハッとします。
「あ、語尾が混ざってる」「あ、このルール違反してた」と。
一人で全部気づこうとすると、どうしても抜けます。
疲れている日は特に、「まぁいいか」で流してしまいたくなる。
そのたびに、うっ、となるんです。
チェックを道具の側に任せた

それで今日、思い切って道具の側にチェックを任せることにしました。
もともと私は、日々の作業を「スキル」という形で小さなレシピに書いて、AIに渡しています。
朝、作業を始めるときは /start。
区切りがついたら /commit。
エラーが出たら /debug。
そういう決まりごとを、ファイルに書いて置いておくんです。
でも、これまでは「記事をチェックする」という作業は、決まりごとになっていませんでした。
私が思い出したときだけ頼む。
忘れたら飛ばす。
「たまにやる、頑張ってやる」の位置にあったんです。
今日、それを「必ずやる、道具がやる」の位置に動かしました。
記事を書き終わったら、道具が自動的にチェックを通す。
NGがあれば教えてくれる。
私が「見て」と頼まなくても、勝手に見てくれる。
覚えていてくれるものが増えると、頭が軽くなる

道具を整えながら、ふと思いました。
覚えていてくれるものが増えると、私の頭の中が軽くなるなあ、と。
これまで私は、ルールを全部自分の頭の中に置いていました。
「記事の冒頭はシーンから始める」「事実じゃないことは書かない」「箇条書きを多用しない」。
書きながら、いちいち自分でチェックしていたし、AIに頼むときも口で毎回伝えていた。
でも、それをファイルに書いて、道具として置いておくと、もう私が覚えていなくてもいいんです。
道具が覚えていてくれる。
道具が見てくれる。
私は、書くことだけに集中できる。
今の暮らしだと、何でも自分でやらないといけない場面が多いです。
近所に頼れる人はいるけれど、都会のように「誰かに任せる」サービスがたくさんあるわけじゃない。
だから、自分の代わりに覚えていてくれるものを少しずつ増やしていくのは、私の暮らしの中では大事なことなんです。
全部、自分の頭の中に置かない。
外に出しておく。
外に出しておけば、忘れても思い出せる。
疲れていても、道具が手を引っ張ってくれる。
一人で全部抱え込まなくていい。
昔の私は、何でも覚えておこうとしていました。
「忘れないようにしなきゃ」「抜けないようにしなきゃ」と、ずっと気を張っていたと思います。
そのほうが頑張っている感じがあるし、自分でやり遂げた達成感もあったんです。
でも、そうやって全部抱え込んでいた頃のほうが、結局、抜け漏れは多かった。
疲れて雑になる日があるし、急に体調を崩す日もあるし、子どもの予定が割り込む日もある。
「頭の中にある」って、実はすごく脆いんですよね。
道具に預けるのは、最初はちょっと寂しい感じもしました。
自分でやっていたことを手放すみたいで。
でも、やってみると、預けた分だけ自分の気持ちに余裕ができることに気づいたんです。
書くことに集中する時間が増えた。
子どもと話す時間が増えた。
「あ、これやらなきゃ」がふと頭をよぎる回数が減った。
手放した分、戻ってきたものがありました。
今日追加した道具は、5 つ

今日追加した道具は、たった5つでした。/plan(計画を立てる)/writing(記事をチェックする)/refactor(コードを直す)/issue(やることを分解する)/memo(学びを記録する)
たった5つ。
でも、5つ分だけ、私の頭の中が軽くなったはずです。
明日の朝、また机の前に座って、ノートパソコンを開くんだと思います。
そのとき、私は「あれ、何から始めるんだっけ」と思わなくていい。
道具が覚えていてくれる。
自分の代わりに覚えていてくれるものを、少しずつ増やしていく。
そんな暮らしが、私にはちょうどいいのかもしれません。
一人で全部抱えなくていいんだな、と思える日が、ときどきあります。
今日は、そういう日でした。

