「把握が足りない」と伝えて、手を止めてもらった日
アバターアプリの、まばたき設定の機能を新しいエディタに移植する作業をしていました。
旧エディタには、目の周りに楕円や四角が描かれていて、ドラッグで範囲や角度を調整できる仕組みがあります。
新しいエディタにはまだそれがなくて、スライダーしかないんです。
Claude にコードを読んでもらって、移植の計画を立ててもらいました。
「95% 確信が持てるベストプラクティスです」と返ってきました。
要素を整理して、簡略版も提案してくれました。
「これは落とせます」「これは残します」と。
でも、読んでいて少しずつ違和感が出てきたんです。
「これを落とせるって言うけど、実際それで困ることないのかな」という違和感でした。
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「95% 確信」と言われたけど、違和感があった

「ベジェも角度とか影響範囲で使ってるんだけど」
私が指摘すると、Claude は提案を修正しました。
「ベジェは残します、辺ハンドルは落とせます」。
もう一度、指摘しました。
「ボックスと楕円はそれぞれ拡大縮小の仕方が異なります」。
また修正が返ってきました。
今度は完全移植の案でした。
「/app と同じにします。
質問があります。
コーナードラッグで目の中心が動くのは含めますか?」
その質問を見て、私は思いました。
この人(AI)はコードを読んだだけで、実際にこの UI を使ったことがないんだな、と。
コードを読めばすべての機能はわかります。
でも、私が普段どういう順番で操作しているか、何を目安に調整しているか、どこを先にいじるか。
そういう 流れ は、コードからは見えないんです。
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コードを読めても、使う人の流れは見えない

「今の認識で完全移行はできなそう。
把握が足りない」
そう伝えました。
「もう一度、実機の操作を説明するから、それを元に設計し直してほしい」と。
Claude は手を止めて、こちらの説明を待ちました。
私は伝えました。
「まずベジェで目の角度を合わせます。
ベジェの左右は、まばたきの幅とつぶれる範囲を決めます。
真ん中は、瞼がつぶれる方向を決めます」。
「次に、はみ出しや足りない部分を、楕円とボックスで調整します」。
「最後に、パラメータから強度や下まぶたを調整します」。
スクショも何枚か見せました。
デフォルトの状態、範囲を大きくした状態、ベジェを動かした状態、強度を弱くした状態。
それを見て Claude が言いました。
「ベジェを動かすと、周囲の楕円も回転する仕組みだったんですね」。
やっと、分かってくれた気がしました。
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「手を止めてもらう」と伝えて、説明し直した

書く前に、一度立ち止まる。
相手が「把握しました」と言っても、違和感があれば指摘する。
これが、いちばん時間を取るけど、いちばん無駄がない進め方なのかもしれません。
「コードを読めば分かる」は、半分だけ本当のことでした。
機能はコードで書いてあります。
でも、機能が誰のために・どんな順番であるのか は、コードには書いてないんです。
私が慣れているから見えていた流れを、Claude は見えていませんでした。
それは仕方のないことで、責める話でもありません。
私が説明すれば分かってもらえる。
逆に、私が説明しないまま「完全移植してください」と頼んでいたら、機能は全部あるけど使い物にならない UI ができていたかもしれません。
それは Claude のせいではなく、私の説明不足のせいです。
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3 分の 1 でも、正しく進める方が価値がある

今日は結局、スライダー部分だけ先にコミットしました。
Canvas の視覚編集部分は、次のセッションで改めて取り組むことにしました。
3 分の 1 しか進まなかった。
でも、3 分の 1 を正しく進められた という実感がありました。
1 つだけでも正しく進められるほうが、全部を間違った状態で進めるより価値がある。
今日はそう思いました。
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急いで作る前に、使う人の流れを伝える。
「95% 確信が持てる」と言われた瞬間に、違和感があれば指摘する。
当たり前のことなのに、つい「大丈夫そう」で流してしまいたくなる。
でも、流したツケは、後で必ず戻ってきます。
手を止めてもらう勇気。
これも大事な技術の一つなのかもしれません。

