「いいね」で終わらせる日があってもいい
夜中、自分で作った小さな道具を直していました。
コメントのやり取りを「返したか、まだか」で管理する拡張機能です。
その道具には「対応済」というボタンがあります。
返信したものに印をつけて、まだ返してないものだけを残す。
便利なはずでした。
でも使っているうちに、ずっと消えないものがありました。
私は、返信をしないで「いいね」だけ押して終えることが、けっこうあるんです。
長い言葉を返すほどでもないけれど、「読んだよ」「うれしい」は伝えたい。
そういうとき、ハートを一つ押す。
それで気持ちは届いている気がしていました。
なのに道具の上では、それはいつまでも「未対応」の山に残ったままでした。

「ちゃんと返す」を、自分で狭くしていた
返信こそが対応で、いいねは対応じゃない。
そう決めていたのは、ほかでもない自分でした。
考えてみれば、人とのやり取りの終わり方は、一つではありません。
言葉で返す日もあれば、いいねで「受け取ったよ」を返す日もある。
相手からのいいねで、なんとなく区切りがつく日もあります。
どれも、ちゃんと終わっているのに、私は「言葉で返す」だけを正解にしていました。
だから、「いいねを押したら対応済にする」という選択肢を、道具に足しました。
使うかどうかは、その人が決められます。
私自身は、ふだんは言葉で返したい日が多いので、最初はオフにしてあります。
でも、いいねで終える日があってもいい。
その余白を、自分の手元に置いておきたかったんです。

取り返しがつく、ということ
作るときに一つだけこだわったのは、「あとから戻せること」でした。
いいねで対応済にしても、いいねを外せば、また元の未対応に戻ります。
間違って完了にしてしまっても、消えてしまわない。
気が変わってもやり直せる。
暮らしの中の選択って、取り返しのつかないものばかりではないはずなのに、私はつい「決めたら最後」みたいに身構えてしまいます。
でも、戻せると分かっているだけで、ずいぶん気楽に選べる。
道具を直しながら、そんなことを思っていました。
返すか、いいねで済ませるか。
今日はどっちでもいい。
間違えたら戻せばいい。
それくらいの軽さで、毎日のやり取りができたらいいなと思います。

自分の作ったものに、教えられる
おかしな話ですが、自分で作った道具に、自分の思い込みを教えられました。
「ちゃんとしなきゃ」「全部に言葉を返さなきゃ」と、知らないうちに自分を窮屈にしていたこと。
終わらせ方は一つじゃないのに、一つに縛っていたこと。
返信で終わる日も、いいねで終える日も、どちらも大事にやり取りを終えている。
そう思えるようになっただけで、未対応の山が、少し軽く見えました。
今日はいいねで、おやすみなさい。
そんな日があっても、いいのかもしれません。

