「ちょうどいい」は人によって違うという当たり前のこと
開発をしていると、「デフォルト値」をどうするかで悩むことがあります。
万人に合う設定なんてあるのだろうか。
今日はそんなことを考えていました。
「う」しか言えないアバター

前回、マイクに向かって話すとアバターの口が母音に合わせて動くようにしました。
「あいうえお」で口の形が変わるはずだったのですが、実際に使ってみると、何を言っても「う」のまま。
口がすぼまったまま動かない。
まるで、ずっとふくれっ面をしているような顔になってしまいました。
原因は、音声の解析で低い音が強く出すぎて、どんな声でも「う」だと判定されてしまうこと。
人間の声には基本周波数というものがあって、どの母音を発しても共通して低い帯域に強い音が出るそうです。
調整して、ようやく5つの母音がちゃんと切り替わるようになりました。
「ちょうどいい」の幅は想像以上に広い

母音が正しく検出されるようになったものの、次の壁がありました。口の変形の「度合い」が、絵によって全然違うということです。
デフォルメが強いイラストと、リアル寄りのイラスト。
顔が大きいアップの絵と、全身が見えている絵。
同じ設定値でも、ある絵では自然に見えて、別の絵では顔が崩壊します。
一つの正解では、全部に対応できない。
自分で調整できることの安心感

そこで、母音ごとの口の変形量を、ユーザーが自分で調整できるようにしました。
「あ」の時の横の広がり、「い」の時の引っ張り具合、「う」の時のすぼまり方。
一つひとつ、自分の絵に合った値を見つけられます。
さらに、キャンバス上にオレンジ色の円を表示して、「この範囲の頂点が動くよ」と可視化しました。
スライダーを動かすと円のサイズが変わるので、目で見ながら調整できます。
数字だけ見ていてもわからないことが、目で見ると一瞬でわかる。 これは開発の中で何度も感じてきた発見です。
「リセットボタン」は心の保険

調整できるようになると、今度は「やりすぎて戻せなくなる」という不安が出てきます。
私はリセットボタンを二つ用意しました。
選んでいる母音だけ元に戻すボタンと、全部まとめて初期値に戻すボタンです。
いつでも戻れるとわかっていれば、思い切った調整ができます。 失敗が怖くなくなる。
これって、暮らしの中でも大事なことだと思います。
「やり直しがきく」と思えるだけで、新しいことに挑戦しやすくなる。
逆に、「一度決めたら戻れない」と感じると、慎重になりすぎて動けなくなってしまいます。
正解は一つじゃない

万人に合うデフォルト値なんて、やっぱりありませんでした。
でもそれでいいのだと思います。
大事なのは、その人にとっての「ちょうどいい」を、その人自身が見つけられる仕組みを用意すること。
開発もそうだし、暮らし方もそうかもしれません。
誰かの「正解」をそのまま真似するのではなく、自分で触って、試して、「これがいい」と感じる場所を見つけていく。
そのプロセスそのものが、きっと楽しいのだと思います。
デフォルト値という「提案」

アプリの設計で学んだのは、デフォルト値は「正解」ではなく「提案」に過ぎないということです。
「最初はこのくらいでいかがですか?」と差し出すけれど、合わなければ変えてくれていい。
むしろ変えてほしい。
なぜなら、作った側には使う側の状況がわからないからです。
人からのアドバイスもそうかもしれません。
「こうした方がいいよ」と言われたことが、自分にぴったり当てはまるとは限らない。
でもそのアドバイスは「提案」として受け取って、自分なりにアレンジすればいい。
大事なのは、自分で触って、自分で感じて、自分で決めること。
その自由を奪わないことが、道具を作る者の責任だと思っています。
リセットは「やさしさ」

開発中に「リセットボタン、本当に要る?」と一瞬だけ迷いました。
設定値を壊すような極端な操作をする人はそう多くないかもしれないと。
でも、つけました。
リセットボタンがあるだけで、「失敗しても大丈夫」という安心感を与えられるからです。
実際に押す人は少なくても、「押せる」と知っているだけで心が軽くなる。
保険に似ています。
使わないかもしれないけれど、あるだけで安心できる。
ものづくりにおける「やさしさ」は、華やかな機能ではなく、こういう地味な配慮にこそ宿るのだと思います。

