同じ失敗を、何度もする

夜、自分の作ったアプリの点検を、AIに頼んでいました。
一回頼むと、直したほうがいい場所が出てきます。
角度を変えてもう一回頼むと、また別の場所が出てきます。
何回やっても、出てくるんです。
最初は、少し気が重くなりました。
キリがないな、と思ったんです。
直しても直しても、次がある。
この作業に終わりはあるんだろうか、と。
でも、出てきたものを一つずつ見るのをやめて、全部並べてみました。
そうしたら、見え方が変わりました。
バラバラに見えていた間違いが、実は同じ一つのクセから来ていたんです。
「新しいものを足すときに、古いものを消さないまま重ねてきた」。
ただそれだけ。
形は違っても、根っこは一つでした。
無限にあると思っていたものは、無限じゃなかった。
同じ場所を、別の角度から見ていただけだったんです。
これは、コードの話です。
でも、自分のことみたいだな、とも思いました。
私は、同じ失敗を何度もします。
焦って、いらないものを買って、やらないまま置いておく。
人に恩を感じすぎて、無理を引き受けて、消耗する。
形は毎回ちがうのに、根っこは同じ。
「気づかないまま、足していく」。
昔の私は、それを一個ずつ「今回はたまたま」と処理していました。
だから何度も繰り返したんだと思います。
並べてみて、根が一つだと分かると、少し楽になります。
全部に対処しなくていい。
根を一つ、手当てすればいい。
もう一つ、その夜に面白いことがありました。
AIが直してくれたコードを、別のAIに見せたら、直したことで新しく生まれた小さな間違いが見つかったんです。
作った本人が気づかなかったものを、別の目が捕まえました。
私はコードは書けません。
数年前に少しだけ、仕事の道具を自分で組む程度のことはしてきましたが、こういう中身の良し悪しは分かりません。
でも「直したあと、もう一回見せて」と頼むことはできます。
「それ、本当にいちばん良い方法?」と聞くこともできます。
その夜、いちばん効いたのは、たぶん私のその一言でした。
作れることだけが、ものづくりじゃないのかもしれません。
止まって、並べて、「他にもない?」と聞く。
書けない私にできるのは、そこなんだと思います。
同じ失敗を何度もする自分を、責める必要はないのかもしれません。
並べて、根を見て、もう一回聞く。
それができるなら、失敗はちゃんと減っていく気がしています。
まだ根っこの手当ては、これからです。
でも、無限じゃないと分かっただけで、夜のおわりが少しだけ軽くなりました。

