「動かない」を、仕組みに聞きに行く
深夜に、自分用の道具をいじっていました。
普段、私が AI で作った画像は、自動的にクラウド上の倉庫に並んでいきます。倉庫の中身を、ブラウザでひと目に見られたら気持ちいいな、と思って、表示用の道具を追加しようとしていました。
そうしたら、画像が並ぶはずだったところに、エラーを示す ⚠ の三角マークだけがずらっと出てきたんです。
最初、私は思いました。「私の指定の仕方が悪いのかな」「やり方を覚え間違えたのかな」。
これは、私の長年の癖です。何かが動かないとき、まず自分の使い方を疑う。家電がつかなければスイッチを入れ忘れたかと思うし、Wi-Fi が切れれば自分のスマホの設定を見直す。たぶん、誰にでもある反応です。
でも今日は、ちょっとだけ違うことをしました。
「使い方じゃなくて、そもそも仕組みが、私の思っているのと違うのかもしれない」
そう思って、仕組みの方を覗きに行ったんです。
そうしたら、私が使おうとしていた方法は、数年前まで動いていた古いやり方で、いまは別の理由でブロックされる仕様になっていました。
私が間違えていたわけではなく、世界の方がそっと変わっていたんです。
別の方法も、ちゃんと用意されていました。教えてもらった通りに書き換えたら、画像が、すっと並びました。
動いたあとに、もうひとつ聞きたいことがあった

動いた瞬間、もうひとつだけ、聞きたいことが残っていました。
「なんで、こっちは動くんだろう」。
うまくいったらそれで終わり、にしたい気持ちもあったけれど、動いた瞬間にこそ、聞いておきたいことがある気がしました。
だって、次に同じところで詰まったら、また同じ深夜を過ごすことになる。
聞いてみたら、シンプルな話でした。さっきまでのやり方は、「私のブラウザがファイルを取りに行く」仕組みだったから、ブラウザに権限がないと弾かれていました。
動いた方は、「向こうのサーバーが、私の代わりに取りに行ってくれる」仕組みだった。
だから、ファイルへの権限を私が持っていれば、ちゃんと表示される。
要するに、誰が取りに行くか、が違うだけでした。
これが分かったとき、なんだか少しだけ、明日からの自分が楽になる気がしました。
次に同じような場面に出会ったとき、最初から「どっちが取りに行く仕組みなのか」を確認すれば、深夜に悩まなくていい。
「動いた」を、「動いた、で、なぜ?」までセットにして覚えておく。
それだけで、自分の手元の引き出しが、ひとつ増えていく感じがあります。
仕組みを丸ごと理解する必要はなくて、「私はあの時こうやって動かしたな」が思い出せる形で残しておけば、たぶん十分なんです。
「動かない」を、自分のせいにする癖をほぐす

「動かない」と思った瞬間に、自分を責めるんじゃなくて、仕組みに聞きに行く。
これは、開発の話だけじゃないんだろうな、と思いました。
暮らしの中にも、「動かない」ってよくあります。子どもがなぜか機嫌が悪い。
家事の段取りが今日に限ってうまくいかない。
やろうとしたことが、自分の手の中で止まってしまう。
そういう時、私はつい「私の何かが悪いんだ」と先に思ってしまう。
でも、もしかしたら、そうじゃないかもしれない。仕組みの方が、私の思っているのと違うだけかもしれない。
子どもが疲れる時間帯、家事を一気にやろうとした自分の組み立て方、その日の天気、外からの予定変更。
仕組みを覗きに行くと、自分のせいだけじゃないことが、わりとよく分かります。
自分のせいじゃなかったと分かると、不思議と、相手や状況に対しても腹が立たなくなります。「悪い人がいる」じゃなくて、「今日はそういう仕組みで動いていたんだな」で済むようになる。
責める対象が要らなくなる、と言ってもいいかもしれません。
これは、自分にとっても、まわりにとっても、ちょっと優しいことだなと思います。
そして、動いたときには、「なんで動いたんだろう」と一回だけ聞いてみる。
それを覚えておけば、明日の自分が少しだけ楽になる。
仕組みに聞きに行くって、誰かに頼ることだったり、調べたり、立ち止まって観察したりすることだと思います。すぐにはできないこともあります。眠たい夜なら、今日はもう寝てしまうのも正解です。けれど、いつか余裕のあるときに、ちょっとだけ覗いてみる。その積み重ねが、自分のなかに、自分なりの「動かない時の地図」を作ってくれる気がしています。
深夜に三角マークと向き合っていたのは、本当はそんなに大した話じゃありません。でも、その小さな出来事のなかで、たぶん私は、自分のなかにある「動かないをすぐ自分のせいにする癖」を、少しだけほぐしてもらったんだと思います。
明日からも、何かが動かないときは、まず仕組みに聞きに行こうと思います。たぶんそれは、自分を信じる方法の、ひとつの形でもあるのかもしれません。原因を自分の中だけで探さない。外側にも、向こう側にも、ちゃんと目を向けてみる。それだけのことが、夜中の私を少し救ってくれたから。

