「気をつけてね」が、かえって教えてしまうこと
自分で作った小さなツールに、注意書きを一文だけ添えていました。
「他の人のアカウントを覗く目的では使わないでね」。
親切のつもりでした。
ここは自分のものを管理する場所ですよ、という気持ちを、やわらかい言葉で置いたつもりだったんです。
でも、あらためて見ていて、ふと手が止まりました。
この一文を読んだ人が、「え、覗けるの?」と気づいてしまうんじゃないか、と。
禁止は、存在を教えてしまう

考えてみると、これは日常でもよくあることかもしれません。
「押さないでください」と書かれたボタンほど、押したくなる。
「見ないでね」と言われた瞬間に、見たくなる。
禁止の言葉は、それがそこにあることを、わざわざ知らせてしまうんですね。
仕組みとしては、そのツールは公開されている情報を読んでいるだけで、誰かの秘密が漏れるわけではありません。
それでも「覗く」という言葉と「〜しないで」という言い方を並べたことで、知らなくてよかった人にまで、余計な発想を渡してしまっていた気がしました。
守ろうとして書いた一文が、逆の方を向いていたのです。
否定でふさぐより、肯定で示す

直し方は、拍子抜けするほど簡単でした。
否定文をやめて、肯定文にする。
「ここは自分のSubstackを登録して、コメントの返信もれを管理する場所です」。
それだけです。
「覗く」も「しないで」もなくなって、何をする場所なのかは、ちゃんと残りました。
ふさごうとして、かえって開けてしまう扉を、そもそも見せないことにしたんです。
言葉って、思っているより強いのだと思います。
とくに、否定から入る言葉は。
よかれと思って添えた一言が、相手をどこに連れていくのか。
書いたあとに一度立ち止まって、逆から読んでみるくらいで、ちょうどいいのかもしれません。
困りごとは、次の一手を教えてくれる

同じ日に、そのツールを使ってくれている人から、質問が届きました。
「ブラウザで使ったあと、スマホのアプリにしたら設定って消えるの?」と。
調べてみると、スマホによってはブラウザとアプリでデータのしまい場所が別になることがあるようでした。
消えたわけではなく、新しい場所から、前の場所が見えていないだけ。
そう分かって、少しほっとしました。
だったら、取り戻せるようにすればいい。
アプリとして初めて開いたときに、「前の設定を引き継ぎますか」と一度だけ聞く画面を作りました。
声に耳をすませる

禁止の言葉は、守るつもりで書いても、ときどき逆を向く。
困りごとの言葉は、こまったなあという顔をしながら、次にやることをそっと教えてくれる。
その日、私がやったことは、たぶん同じひとつのことでした。
画面の外側にいる人の目線に、少しだけ立ってみる。
それだけで、直すところも、足すところも、静かに見えてくるのだと思います。

