計画を立て直す時間は、遠回りに見えて近道でした
自分のアプリを、一度ぜんぶ見渡して片づける作業を続けています。
先週、Claude に頼んでアプリ全体を5つの視点から調べてもらい、たまっていた宿題を30件ほどのリストに書き出しました。
今日は、そのリストを上から順番に片づけてきました。
今日は予定していた1件を終えたあと、手を動かし続けるのではなく、「残りの計画をもう一度見直そう」となりました。
残っていた宿題は6件。
ひとつずつ、いまの実物と突き合わせていきました。
すると、6件のうち3件が、書いたときより小さくなっていたのです。
「同じものが3つある」と書いてあった宿題は、見に行くとほぼ1つにまとまっていました。
「46箇所ある」と書いてあったものは、数えてみたら0件でした。
「使っていないものが残っている」と書いてあったものは、とっくに消えていました。
書いたときには、たしかにあったはずなのに。
先にやった片づけが、後の仕事を消していた

種明かしは単純でした。
今日、先に済ませた「使っていないものを捨てる」「二重になっているものを1本にまとめる」という片づけが、リストの後ろに並んでいた宿題の対象を、先回りして消していたのです。
数時間前の自分の作業が、もう計画を古くしていました。
リストは、書いた時点の写真のようなものです。
でも実物は、リストを書いたあとも動き続けています。
先にやった片づけが、後の仕事を対象ごと消してしまうことも、当然あるわけです。
言われてみればそれだけの話です。
でも、やることが勝手に減っていたのを実際に目にすると、あ、そういうことか、と思いました。
計画は、立てた時点の地図なんです。
地図を信じたまま掘り始めていたら、もう無いものを探すところでした。
着手する前にもう一度、地形と照らし合わせる。
その時間は一見遠回りですが、今日は6件のうち3件ぶんの「もう無い仕事」が消えました。
かけた時間より、消えた仕事の方がずっと大きかったと思います。
未来の自分に、書き置きを残す

照らし合わせた結果は、それぞれの宿題にコメントで書き添えました。
別のパソコンで開いた日も、別の日の自分も、「これはもう小さくなっている」と分かるようにです。
未来の自分は、今日の照合を覚えていません。
だから、頭の中に置いておかずに、宿題そのものに書いておく。
リストが「書いた時点の写真」で止まってしまうなら、せめて写真の余白に日付入りのメモを足していくようなものかもしれません。
計画を立てると、それをこなすこと自体が目的になりがちです。
リストを消化している間は手応えもあるので、なおさらです。
でも今日みたいに、いったん止まって計画そのものを疑う時間には、手を動かすのとは別の種類の進み方があるのだと感じました。
これから

残る大きな宿題は、あと2つになりました。
どちらも大きくなりすぎたものを分割する作業です。
取りかかる前に、もう一度だけ地形を見てから始めようと思います。

