「使いにくい」は、使う人にしか見えない
夜の10時を過ぎていました。
娘がAI英会話アプリで会話しているのを、隣で見ていました。
AIが英語で何か聞いて、娘が考えている。
ちょっと黙って、頭の中で文を組み立てている様子でした。
そしてマイクボタンをタップしました。
画面が切り替わって、結果画面になりました。
「え、終わっちゃった」
このアプリは私が娘のために作ったものです。
英会話のレッスンを辞めた代わりに、AIと英語で話す練習ができるようにしたかった。
マイクボタンを押したら会話が終わる。
私にとっては当たり前の仕様でした。
自分で作ったから、そういうものだと思っていました。
でも娘にとっては違った。
「ちょっと待ちたいだけ」だったんです。
その夜、一時停止ボタンを追加しました。
マイクを押したら、会話が止まる。
もう一度押したら再開する。
終了は別のボタンにして、「本当に終わりますか?」と聞くようにしました。
たったそれだけのことです。
でもボタンの位置を変えたら「前のほうがよかった」と言われて戻しました。
ステータスの文字がずれていたので直しました。
「一時停止できることがわからない」と言われてラベルを足しました。
4回直して、4回デプロイしました。
もうひとつ、ゲームにご褒美を追加しました。
今まではスコアが表示されるだけで、何も貯まりませんでした。
XPとコインが増えるようにして、結果画面に「+15 XP」と表示されるようにしました。
うちでは、このXPがお小遣いに反映されるルールです。
会話でもゲームでも貯まる。
でも会話のほうがたくさん貯まる。
自然と「話したほうがお得」になるように、少しだけ差をつけました。
「正しい動作」と「使う人の動作」は違う

作っている側は、自分の作ったものが「正しい」と思いがちです。
マイクを押したら終わる。
それが「正しい動作」だと思っていました。
でも使う人には「間違った動作」でした。
正しいかどうかは、私ではなく使う人が決めるんだと気づきました。
娘の「あれ、終わってる」がなかったら、この改善は生まれなかったかもしれません。
隣で見ていてよかったと思いました。
これからも、自分で「できた」と思ったら、まず娘に触ってもらおうと思います。

