note記事34本を振り返る|データにしたら見えたもの
自分の発信を数えたことはありますか?
私は34本になるまで、数えたことがありませんでした。
気づいたのは偶然でした。
n8nというツールを触っていて、手元のスプレッドシートを更新しようとしたとき。
「あれ、思ったより増えてる」と。
「書いた気がする」と「書いた」は違う

noteを始めた当初は、「ちょこちょこ書こう」くらいの気持ちでした。
気が向いたら更新するくらいのペース。
だから34本という数字を見たとき、少し驚きました。
ちょこちょこのつもりが、気づけばそれなりの量になっていた。
書いたことは覚えている。
でも、それが何本あるか、どのテーマが多いのか、どれが読まれているか。
そういうことは一度も気にしていませんでした。
記憶と記録は違います。「書いた気がする」と「書いた記録がある」は、全然違うことだと気づきました。
スキ数を見るまで気づかなかったこと

今回、n8nを使ってnoteの記事一覧を取り出したとき、スキ数も一緒に取れました。
一覧を眺めていて、1つの記事だけ数字がひとり飛び出ていた。
自己紹介の記事でした。
316スキ。
他の記事の3倍、4倍。
自己紹介なんて、最初にとりあえず書いたもの。
内容を吟味したわけでも、気合いを入れたわけでも、ない。
それが一番読まれていた。
考えさせられました。
力を入れた記事が届いていないわけではないけど、「自分はこういう人間です」と素直に書いたものが、一番多くの人に届いていた。
読者は、整えられた文章よりも、その人そのものを見ているのかもしれない。
わからないまま始めても、なんとかなった

正直に言うと、今回のn8nでの作業は、最初から最後まで「よくわからないまま」でした。
ツールを起動して、ノードを置いて、設定を入れて、実行する。
エラーが出たら別の方法を試す。
それだけ。
最初試みたやり方ではうまくいかなくて、別のアプローチに切り替えたら動いた。
そういう体験が積み重なって、気づいたら目的のデータが手元にありました。
Google スプレッドシートに直接書き出したかったけど、それは断念してCSVにして手動で取り込みました。
完璧じゃないけど、目的は達成した。
「全部わかってから始める」じゃなくて「わからないまま始めてみる」が、今の自分のやり方になっています。 完璧を目指すより、まず手を動かす。
そのほうが結果的に早くゴールにたどり着けるんです。
記録することは、自分を知ること

34本の記事を一覧で見て、初めて気づいたことがありました。
テーマのバラつき。
書いたタイミングのクセ。
反応が多かったもの、ほとんどなかったもの。
これまで「なんとなく書いてきた」と思っていたものが、並べてみると、自分の関心の変遷が見えた。
記録するというのは、過去の自分に会いに行くことでもある。
一覧を眺めながら、「この頃、こんなこと考えてたんだ」と静かに思いました。
発信を続けることの意味は、誰かに届けることだけじゃないのかもしれない。
後から自分が読み返せるように、今の自分を残しておくこと。
そう思ったら、また書く気持ちが湧いてきました。
数えてみるということ

数えてみたら何か見えるかもしれないと、今日思いました。
34本の記事を数えたことで、自分がどれだけ書いてきたかが見えた。
316スキの自己紹介記事に気づけた。
テーマの偏りも見えた。
数えるって、大げさなことじゃないんです。
ただ並べるだけ。
それだけで、今まで見えなかったものが見えるようになる。
1つずつ取り組んでいるときは気にしていなかったことも、数字になると達成感になる。
「完璧じゃなくていい」を体で覚えた日

今回のn8nでの作業は、お世辞にもスムーズとは言えませんでした。
最初に試したやり方はうまくいかなくて、別の方法に切り替えて、それでもスプレッドシートへの自動書き出しは断念して、結局手作業でコピペした。
以前の私なら、「全自動でできなかったから失敗だ」と思っていたかもしれません。
でも今は、「目的が達成できたならOK」と思えるようになりました。
手段にこだわりすぎると、肝心のゴールにたどり着けない。
完璧な道順より、ゴールに着くことのほうが大事です。
「こうじゃなきゃいけない」を手放すと、意外となんとかなる。
そういうことを、仕事でも、少しずつ学んでいます。
発信を続けるということは、未来の自分に手紙を書くことなのかもしれません。
34通目の手紙を書き終えて、そんなことを思いました。

