自分で立てた柵に、自分がぶつかった日
その日の終わりに、自分で設定したチェックに止められました。
作業を保存しようとしたら、機械が「これは通せません」と言ってきたのです。
理由も表示されていました。
「この書き方は、本番で失敗する原因になります」と。
そのチェックを仕込んだのは、私自身でした。
1ヶ月ほど前のことです。
二度とやらないと決めた日のこと

そのとき、同じ種類のミスが46件も見つかっていました。
データベースに何かを書き込むとき、本来なら「そんな項目はありません」と機械が教えてくれるはずの場面があります。
ところが、ある書き方をすると、そのチェックを黙らせることができてしまう。
黙らせたまま動かすと、間違いに気づかないまま本番に出て、そこで初めて落ちる。
46件です。
一つひとつ直しながら、これは意志の力でどうにかする問題ではないと思いました。
「気をつける」で防げるなら、46件も溜まっていません。
だから、柵を立てました。
その書き方をしたら、保存の時点で止まる仕組みを入れたのです。
そして、その柵に自分がぶつかった

1ヶ月後。
テスト用のコードを保存しようとして、その柵に引っかかりました。
5箇所です。
正直に言うと、一瞬、迷いました。
このチェックは、飛び越えることもできるのです。
「今回は特別」と一言添えれば、通ります。
しかもこれはテスト用のコードで、本番のデータには触れません。
理由なら、いくらでもつけられました。
でも、飛び越えたら柵を立てた意味がなくなります。
「今回だけ」は、たいてい今回だけでは終わりません。
原因を見に行きました。
すると、拍子抜けするほど単純でした。
書き込みに使う道具に、「どんな項目があるか」の情報を渡していなかっただけだったのです。
渡してみたら、5箇所すべて、チェックを黙らせる必要がなくなりました。
避けるのをやめて直したら、前よりも安全になっていました。
これからは、存在しない項目名を書いた瞬間に止まります。
止められたときは、まず自分を疑う

この日、私は一日かけてシステム全体の点検をしていました。
1〜2週間ずっと走り続けた後で、そろそろ足元を見ようと思ったのです。
その点検を Claude にも手伝ってもらっていました。
返ってきた結果のひとつが、これでした。
「本番で大きな問題を引き起こした原因を、たったひとつ挙げるなら——書き込みが失敗しても、その返事を受け取らずに捨ててしまう書き方です」と。
これは、私を止めた柵が見張っているものとは、少しだけ違う書き方でした。
けれど根っこは同じです。
機械が「おかしいですよ」と言ってくれる機会を、こちらから断っているという点で。
しかも、その件数もまた46件でした。
1ヶ月前とまったく同じ数字です。
形を変えて、同じ穴に落ち続けていたわけです。
つまり、私を止めた柵は、その日いちばん危ないと名指しされたものと同じ家系のものを、正確に捕まえていたことになります。
止められた瞬間、「面倒だな」と思いました。
その気持ちは正直なところです。
でも、面倒だと感じたということは、その柵がちゃんと仕事をしているということでもあります。
止められたときに、まず疑うべきは自分のほうでした。
同じ日に、もうひとつ静かに壊れていた

同じ日、別のところでも似たことが起きていました。
設定を書いたファイルが、いつのまにか壊れていたのです。
しかも、壊れたことに誰も気づいていませんでした。
原因は、そのファイルを機械的に書き換えたときの手違いでした。
改行を入れるつもりで書いた記号が、記号のままファイルに紛れ込んでいた。
人の目には気づきにくい、小さな違いです。
やっかいなのは、その作業が「成功しました」と表示されていたことです。
エラーも警告も出ていません。
書き換えは成功して、中身だけが壊れている。
気づかないまま次の作業に進んでいたら、そこで初めて全部が止まっていたはずです。
これも、意志ではどうにもならない類のものでした。
「気をつけて書き換える」では防げません。
防ぐとしたら、書き換えた後に「本当に読めるか」を必ず確かめる手順にするしかない。
作業が成功したことと、結果が正しいことは、別のことでした。
「気をつける」を、「気をつけなくていい」に変える

仕事でも暮らしでも、同じことを何度もやってしまうことがあります。
そのたびに「次は気をつけよう」と思う。
でも、また同じことをする。
それは意志が弱いからではなくて、気をつけ続けられる人間なんていないからだと思うのです。
だとしたら、気をつけなくても大丈夫な形に変えるしかありません。
うっかり忘れるなら、忘れても困らない置き方にする。
同じミスを繰り返すなら、そのミスができない仕組みにする。
柵を立てるというのは、自分を信用しないということではなくて、自分を消耗させないための設計なのだと思います。
そして柵は、立てた本人にも等しく効きます。
効かない柵は、柵ではありません。
見えていなかったものが、見えただけ

この日の点検で、新しく直すべきものが10件見つかりました。
もう終わっていて閉じていいものが11件。
整理されていなくて見落とされていたものが13件。
やることが増えたはずなのに、なぜか気持ちは軽くなりました。
増えたわけではないのです。
ずっとそこにあったものが、見えるようになっただけ。
開いたままの穴も、貼りっぱなしの札も、最初からそこにありました。
見えていなかっただけです。
見えないものは、片付けられません。
だからまず、数えるところから始める。
その日は、数えた日でした。

