できているつもりだったものが、半分だった
自分の作ったサービスで、パスワードを忘れた人がパスワードを再設定するための画面を押すと、「ページが見つかりません」と出る。
そう報告をもらいました。
調べてみたら、思っていたより根っこの話でした。パスワードリセットには、メールを送る画面と、そのメールから飛んだ先で新しいパスワードを入れる画面の、ふたつがいります。私のところには、前者しかありませんでした。
メールを送る画面はちゃんと動いていました。だから、リセット機能はある、とずっと思っていたんです。でも、その先の画面は、最初から作られていませんでした。
できているつもりだったものが、半分だった。
それも、自分ではまったく気づいていませんでした。
「送る側」が動いていると、ぜんぶ動いている気になる

不思議なもので、「送る側」が動いていると、機能ぜんぶが動いている気になります。入り口の電気がついていたら、奥の部屋まで明かりがあると思い込むのと似ているかもしれません。
でも、半分だけの道は、誰かが実際にそこを歩いて初めて、行き止まりだったとわかります。
昨日、「直す前に、一度ちゃんと見てみる」ということを書きました。今日のことは、それの続きみたいな話です。見てみたら、直すどころか、そもそも道が途中で切れていた。
報告をくれた人がいなかったら、私はたぶんずっと「リセット、できるはず」と思ったままでした。実際に使おうとしてくれる人だけが、半分だったことを教えてくれます。
完成した日ではなくて、誰かが歩いた日に始まる

これは、開発の話だけではない気がしています。
「やったつもり」「伝えたつもり」「ちゃんとしたつもり」。自分の中では完結していても、相手の側から見たら途中で切れている。そういうことは、暮らしの中にもきっとたくさんあります。
私はどちらかというと、ひとりで進めてしまうタイプです。相談しないまま、自分の中で「できた」と区切ってしまう。だから余計に、こういう「半分だったもの」を抱えやすいのかもしれません。
今回も、足りなかった画面を作って、入り口のリンクも足して、スマホで試したら、ようやくちゃんと開きました。
完成したと思った日ではなくて、誰かが歩いてくれた日に、本当の続きが始まる。そんなふうに思いました。

