「これ、合ってるのかな?」しか言っていない日
夜通しアプリの手直しをしていた日のことです。
振り返ってみると、その日の私は、ほとんど質問しかしていませんでした。
「それぞれの説明って、画像に合ってるのかな?」
「獲得したのに、グレーになってるのはなんで?」
「拡大はできないのか」
「もらった時の通知って、どうなるんだ?」
「古い通知は、もう見れないの?」
どれも、技術の知識がいる質問ではありません。
アプリを使う人なら誰でも思いつく、素朴な疑問です。
✦ 全部、当たっていました

不思議なことに、この素朴な質問が、全部当たっていました。
説明文は絵柄と合っていなかったし、グレーになっていたのは表示の作りが古いままだったからで、拡大機能はなくて、通知は届いていなくて、古い通知は仕分けの漏れで見えなくなっていました。
聞くたびに、直す場所がひとつ見つかる。
そんな夜でした。
私は非エンジニアです。
コードの中身を読んで間違いを見つけることは、できません。
AIと一緒に開発をしていて、難しい部分はほとんど任せています。
だからこそ、なのかもしれません。
私の目線は、作る人の目線ではなくて、使う人の目線のままなんです。
「ここを押したらどうなるんだろう」「これで合ってるのかな」と、使う人として不思議に思ったことを、そのまま口に出す。
それが、検査の道具を何も持っていない私の、いちばんの点検方法でした。
✦ 「わからない」は、聞いていい

私はもともと、人にあまり相談しないタイプです。
自分で決めて、自分でやってしまう。
でも、開発を毎日続けるなかで、ひとつ確信したことがあります。
わからないことは、恥ずかしくない。
むしろ、わからないまま黙っている方が、あとで大きなツケになる。
実際、その夜に見つかった不具合はどれも、誰かが「これ、合ってるのかな?」と聞いていれば、もっと早く見つかっていたものでした。
エラーも出ない、警告も出ない。
だから、人が不思議に思って口に出すまで、ずっと眠っていたんです。
専門知識のある人の分析と、使う人の素朴な疑問。
両方あって、はじめて全部が見える。
その片方を、私は担当できているのかもしれない、と思った夜でした。
✦ これからも、聞きます

質問するのは、ただです。
聞いて、何でもなければ「何でもなかったね」で終わる。
何かあれば、ひとつ良くなる。
どちらに転んでも、損がありません。
これからも、思いついた「合ってるのかな?」は、飲み込まずに口に出していこうと思います。
それが私の役割で、たぶん、私にしかできない角度なんです。

