「分からない」と言える権利を、自分に許しておく
午後、AI に技術の選択肢を 5 つ並べて提示されたとき、頭が止まりました。
クラウドはどこにするか。
サーバの種類は。
リージョンは。
HTTPS は。
認証は。
3 つ目あたりまでは「うんうん」と聞いていたのですが、4 つ目を読んだあたりで、もう何の話をしていたのか分からなくなりました。
「わからない」を打つのに、勇気が要りました

「ごめんね、何を言ってるのかわからなくなってきた」
そう打ち込むのに、少し勇気が要りました。
普段、AI とは技術の話をしているので、ある程度の専門用語は通じます。
でも、その日の話題は、私がずっと素人のままにしていた領域でした。
「いつも理解できているのに、今は理解できない」と認めるのは、ちょっと恥ずかしい気持ちもあります。
「分からない」と言って良かった

返ってきたのは、選択肢を引っ込めて、別の提案でした。
「この判断は後回しにしませんか。
先にこっちのコードを進めれば、最後に小さく決めるだけで終わります」と。
その提案は、とてもありがたかったんです。
決めるべきことが減ると、進めるエネルギーが残ります。
コードと判断を分ける

その時 AI が言った言葉が、頭に残りました。
ロールバックしにくい判断は、最後に 1 回だけ決める。
それまでは、判断と分離できるコードを進める。
これは道具を作るときだけじゃなくて、暮らしの中でもそうだなと思いました。
家族との大きな決め事 (引っ越し / 学校 / 進路) も、いきなり「決めなきゃ」と詰めると、判断疲れで何も進まなくなります。
先に小さなこと (情報集めや、似たケースの話を聞く) を進めて、最後に 1 回大きな決断をする方が、私には合っているなと思います。
「分からない」を言える権利

「分からない」と言うのは、AI 相手だから言えたところもあります。
人間相手だと、もっと言いにくい。
でも、人間相手でも、ちゃんと言えるようになりたい。
「全部理解しているふりをしながら進める」のは、長い目で見ると一番疲れます。
途中で「ここは分からないので別の説明をください」と言える方が、お互いに楽だし、結果も良くなる気がします。
続きは、まだあります

その後、4 つの機能が動画エディタに追加されました。
終わってからこの文章を書いてます。
明日からまだやることがあるので、結末は書きません。
でも今日、「分からない」と言って良かった、ということだけ、ちゃんと書いておきたかったんです。

