「気をつけます」を、やめてみる
夜中に、ひとつ約束を決めました。
「今後は気をつけます」で終わらせない、という約束です。
その日、AIに手伝ってもらっている作業で、確認をひとつ飛ばされたことがありました。
本物のサイトに反映する前に一声かけてほしかったのに、それがないまま進んでしまった。
中身は事前に合意していたので、間違った作業ではありません。
でも「本物に触る前の確認」という手順が抜けていた。
こういうとき、つい言ってしまう言葉があります。
「次から気をつけます」。
気をつける、は抜ける

でも、と思ったんです。
気をつける、って、あてになるんだろうか。
人間の注意力は、疲れていたり急いでいたりすると簡単に抜けます。
私自身、何度「次は忘れないようにしよう」と思ったことを、しれっと忘れてきたか分かりません。
気合いは、そんなに続かないものです。
だから今回は、「気をつける」を約束にするのをやめました。
代わりに、その確認を手順そのものに書き込んでもらったんです。
次に同じ作業をするときは、気合いとは関係なく、必ずその確認を通る。
私が覚えているかどうかに頼らない形にしました。
人の記憶は抜けるけれど、手順は抜けない。
覚えておく努力より、覚えていなくても回る形にしておく方が、たぶん強いんです。
隠したものが、裏で目立っていた

その夜はもうひとつ、似たようなことがありました。
サイトの中で「隠したはずのもの」が、まったく別の場所でこっそり目立っていた、という問題が見つかったんです。
表向きはちゃんと隠せていたのに、裏側の別の仕組みが、それを拾って表に出していた。
「見えているつもり」の外側で、こういうことは起きます。
ちゃんとやったつもり、隠したつもり、終わったつもり。
そのつもりの範囲の外に、見落としは静かに残る。
だからその日は、「終わった」と出てきた表示すら、そのまま信じずに、ひとつずつ手で確かめ直しました。
面倒でしたが、確かめないと安心できませんでした。
意志じゃなくて、置き方

こうして書いてみると、今回の学びは開発の話というより、暮らしの話に近い気がします。
大事なことを、自分の意志の強さに預けない。
忘れそうなことは、忘れても大丈夫なように置いておく。
同じ失敗を繰り返さない方法は、「もっと気をつける」ことではなくて、「気をつけなくても大丈夫な形にしておく」ことなんだと思います。
意志は尊いけれど、細い。
だから、細いものに全部を預けない。
次に「気をつけます」と言いたくなったら、その前に一度、立ち止まってみようと思います。
これは気をつける話なのか、それとも仕組みに変えられる話なのか。
たぶん、変えられることの方が、思っているより多い気がしています。

