「全部直さなきゃ」を、手放せた日
自分のアプリの中に、直した方がいい場所を見つけました。
少し前のわたしなら、見つけた瞬間に直していたと思います。
でもその日は、直しませんでした。
「ここは、このままでいい」と決めたのです。
小さなことのようですが、わたしにとっては、けっこう大きな出来事でした。
見つけたら直す、をやってきた

ものを作っていると、あちこちに「あ、ここ直した方がいいな」が出てきます。
気になったところを一つずつ直していく。
その積み重ねで、少しずつ良くなっていく。
だからわたしは、見つけたら直す、をずっとやってきました。
直さずに置いておくのが、なんだか落ち着かないのです。
気になることは、全部片付けたい。
たぶんこれは、開発だけの話ではありません。
気になった汚れは拭きたいし、開いた引き出しは閉めたい。
「気になることは全部きちんと」が、わたしの初期設定でした。
でも、似ているだけで、違うものだった

その日見つけた場所も、最初は「さっき直したのと同じだ、直さなきゃ」と思いました。
でも、手を動かす前に一度止まって、よく見てみました。
そうしたら、似ているけれど、違うものでした。
片方は外に出ていくもの、もう片方は、見に来てもらうもの。
性質がまるで違ったのです。
外に出ていく方は、相手が望まなくても届いてしまう。
だから手当てが要る。
でも見に来てもらう方は、来た人に見てもらうだけ。
むしろ、見せていい景色かもしれない。
そう気づいたら、「直さない」が正解だと、はっきりわかりました。
手を動かす前に、止まれた

あとから振り返ると、わたしにとって大きかったのは「直さない」と決めたことよりも、その前に一度止まれたことかもしれません。
これまでのわたしは、気になるものを見つけると、考えるより先に手が動いていました。
気になることを放っておくのが、どうにも落ち着かない性分なのです。
やると決めたらやる。
できないままにしておきたくない。
その性格に、ずいぶん助けられてもきました。
でもその性格は、ときどき「考える前に動く」になります。
今回も、危うくそうなるところでした。
見つけた瞬間に「直さなきゃ」と思って、もう少しで手が動いていた。
そこで止まって、「これは本当にさっきと同じものか」と一度だけ問い直した。
たったそれだけのことで、答えが変わりました。
止まらなければ、たぶん直していました。
そして、残してよかったものを、消していたと思います。
全部やることが、いいこととは限らない

気になったものを全部直すより、「これは直す、これは直さない」と線を引ける方が、ずっと難しいことなのかもしれません。
全部やるのは、ある意味ラクです。
考えなくていいから。
でも、全部やろうとすると、本当は残しておいてよかったものまで消してしまうことがあります。
これは、暮らしにも少し通じる気がします。
何もない島で、子どもと二人で暮らしています。
やろうと思えば、やることは無限に出てきます。
でも全部はできないし、全部やる必要もない。
何をやって、何をやらないか。
その線を引けるかどうかで、毎日の余白がだいぶ変わります。
これからは、選ぶ目も育てたい

見つける目は、少しずつ育ってきました。
次は、見つけたものを「やる・やらない」で選ぶ目を、育てていきたいと思っています。
直さない、という選択を、罪悪感なくできた日。
小さいけれど、わたしには前進でした。
気になることを全部抱えなくてもいいんだ、と、肩の力が少し抜けた気がしています。

