自動化・AI開発

壊れて見えたものと、本当に壊れたもの

Kanae

夜中、画面が赤いエラーで埋まりました。

自作アプリの「練習用の環境」というものがあって、本番とは別に、手元で安全に試すための箱です。
その箱を再起動したら、立ち上がらなくなってしまったんです。
同じエラーメッセージが、何度も流れていきました。

やろうとしていたことは、本当に小さなことでした。
練習用でもログインの方法を一つ増やしたいだけ。
設定をちょっと足して、反映のために再起動した。
それだけのつもりでした。

最初に浮かんだのは、「データが消えたかもしれない」でした。

以前、別の作業で全部消してしまったことがあります。
何時間分かが、一度に。
そのときの感覚を体が覚えていて、赤い画面を見た瞬間に「またやった」と思い込んでしまいました。

本当に消えたのか、確かめる

本当に消えたのか、確かめる

でも、いったん深呼吸して、確かめてみました。

本当に消えたのか。
それとも、止まっているだけなのか。

確かめてみたら、データそのものは別の場所にちゃんと退避されていました。
止まっていたのは箱の一部分だけ。
しかも私が見ていたのは「練習用のコピー」で、本物のサイトとはまったく別の箱でした。
だから本物のデータは、本物の場所に、そのまま全部あったんです。

それが分かった瞬間、力が抜けました。

壊れて見えるものと、本当に壊れているもの

壊れて見えるものと、本当に壊れているもの

壊れて見えるものと、本当に壊れているものは、違うんですよね。

赤いエラーは「止まっています」というサインで、「消えました」というサインではありませんでした。
見た目の警告と、本当に失われたものは、別のことだったんです。
冷静に考えればそうなのに、あの瞬間は「消えたかも」のほうに全部持っていかれていました。

たぶん、本当に失った経験があるからだと思います。

時間も、健康も、一度なくしたものは戻ってきません。
だから「失う」という言葉に、私はたぶん人より過剰に反応してしまう。
でも今日のは、戻ってきました。
止まっていただけで、無事だったんです。

これは、ものを作っているときの話に見えるかもしれません。
でも、暮らしの中でもよく似たことが起きている気がします。

何かがうまくいかなくなったとき、つい「もう全部だめだ」と思ってしまう。
でも、本当にだめになったものと、ただ見た目が崩れているだけのものは、分けて見たほうがいい。
崩れて見えても、大事なところは案外、無事だったりします。

次は「本体は無事か」を先に確かめる

次は「本体は無事か」を先に確かめる

だから次に何かが赤くなっても、まずやることを一つ決めました。
「本体は無事か」を、先に確かめる。
慌てて直しにいくのは、その後でいい。

消えたと思ったものが消えていなかった、というだけの夜でした。
でも、慌てる前に確かめる、というのは、これからもずっと使える気がしています。

ABOUT ME
かなえ
かなえ
個人開発を応援する非エンジニア
婚約破棄をきっかけに、29歳で未婚の母になると決めました。
不安と向き合いながら、10年かけて働き方を少しずつ作り変えてきた40代です。

AppSheetやGASを独学で覚え、いまはAIを使った個人開発を毎日続けています。
個人開発を応援する非エンジニアとして、等身大の試行錯誤や、子育て・自立・副業のことを、正直に記録しています。
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