「見えない」の正体は、そこに無いこと
見えないものがあったとき、「色が薄いんだろう」と思いました。
YouTubeで使うスライドを自動生成するツールを改善していたんです。
テストで3枚のスライドを作ったら、タイトルの文字が見えない。
「きっと白に近い色になっているんだ」
4,600行のコードを読みました。
色を決めている部分、テキストにスタイルを当てている部分、背景と文字のコントラストを計算している部分。
全部確認しました。
でも色は正しかった。
ダークグレーの文字に白い背景。
ちゃんと見えるはず。
答えは、もっと手前にありました。
文字を置く場所を探しに行って、見つからなくて、何も置かずに終わっていた。色が薄いんじゃなくて、文字がそもそも存在していなかったんです。
「見えない」と「無い」は、見た目が同じ

「見えない」と「無い」は、見た目が同じです。
画面を見ていると「文字が見えない」としか思えない。
でも「見えない」にはいくつもの原因があります。
色が薄い。
サイズが小さい。
背景に溶け込んでいる。
そして、そもそもそこに無い。
私は最初から「色のせいだ」と決めつけていました。
だから色に関する4,600行を一生懸命読んで、色は正しいことを確認して、それでもまだ色の周辺を探していました。
これ、日常にもあるなと思いました。
「反応がない」とき、「嫌われたのかな」と思う。
でも本当は、相手がまだ見ていないだけかもしれません。
通知に埋もれている、忙しくて開けていない。
「嫌われた」という結論に飛びつく前に、もっと手前の可能性がたくさんあります。
「成果が出ない」とき、「やり方が間違っているのかな」と思う。
でも本当は、まだ十分な量をやっていないだけかもしれません。
種を蒔いて3日で芽が出ないと嘆くようなものです。
原因を推測する前に、そもそもそこに「ある」のかを確認する。 今日の作業で、改めてそう気づきました。
他の人の道具を、自分の手に馴染ませる

もう一つ、気づいたことがあります。
このスライドツールは、他の人が作ったものを購入して使っていました。
機能は申し分ない。
でもUIには他の人のブランド名が残っていて、色も自分の好みではなかった。
使えるけど、「自分のもの」という感じがしなかった。
開くたびに、ほんの少しだけ「借り物」感がある。
自分が作ったものじゃない。
自分の色じゃない。
それが積み重なると、使う頻度が落ちていきます。
機能に不満があるわけじゃないのに、なんとなく開かなくなる。
今日、UIを全部書き直しました。
自分のブランドカラーに統一して、普段使わない設定は折りたたんで隠して、操作の流れが分かるようにステップ番号をつけた。
機能は何も増えていません。
でも開いたときの印象がまったく変わりました。
ツールって、機能だけじゃないんですね。
毎日使うものは、見た目が自分に合っているかどうかで、使う気持ちが変わります。
毎日触れるものだから、その「ちょっとした心地よさ」が積み重なっていきます。
逆に、ほんの少しの「これじゃない感」も、毎日だと地味に効いてくる。
他の人が作った素晴らしい道具を、自分の手に馴染むように仕立て直す。
それは失礼なことじゃなくて、むしろ道具への敬意です。
ちゃんと使い続けたいから、自分に合わせるんです。
それから、もう一つだけ。
UIを直した後、ブラウザで開いたら真っ白で動かなくなりました。
30分くらい焦って、コードを戻したり、設定を変えたり。
結局、別のブラウザで開いたら普通に動きました。
キャッシュのせいでした。
4,600行読んで原因を見つけた同じ日に、ブラウザのキャッシュに30分ハマる。
問題の難しさと解決の難しさは、まったく比例しません。
難しそうに見えるものがあっさり解決して、簡単そうに見えるものに延々とハマる。
ものづくりって、そういうものです。
機能を作る日と、見た目を整える日。
どちらも同じくらい大事な「ものづくり」の時間でした。
そして「見えない」と「無い」の違いを、ちゃんと見分けられる人でありたいと思いました。
原因を決めつける前に、まず「そこにあるのか」を確かめる。
道具にも、人との関係にも、きっと同じことが言えます。
動画用だけに特化する必要はなかった

夕方、もう一つ小さな出来事がありました。
このスライドツールは、ずっと「YouTube動画用」だと思って作っていたんです。
動画の中で使うスライドだから、フォントを大きく、色を動画映えするものに。
そんな調整をしていました。
でもふと、思ったんです。
業務用のスライドも作れたら便利なのにな、と。
考えてみれば、動画用も業務用も、中身は同じです。
タイトルがあって、見出しがあって、箇条書きがあって、まとめがあって。
違うのは見た目の雰囲気だけ。
動画用だけに特化する必要なんて、なかったのかもしれません。
夜、133のデザインをボタン一つで選べる仕組みを作って、試しに「ネイビーで堅実なやつ」を選んでみたら、ちゃんとそのデザインで私のスライドができました。
道具を「自分のもの」にするって、自分が積み重ねてきたものを、その道具の中に住まわせることです。
取り返しのつかないことは、一瞬でできるようにしない

夜の終わりに、もうひとつ機能を付けました。
「履歴機能」です。
作りながら引っかかりました。
「履歴を削除」するボタンを押したとき、実物のスライドファイルも一緒に消すべきだろうか、と。
少し考えて、すぐに「絶対にやめよう」と思いました。
履歴はブラウザの履歴と同じ「見た記録」にすぎません。
もしうっかり混ぜてしまったら、いつか「履歴整理しよう」と軽い気持ちで押した日に、大事なスライドが消える事故が起きます。
取り返しのつかないことは、一瞬の操作でできるようにしてはいけない。
削除ボタンの横に「※ 履歴から消えるだけで、Drive 上のスライド本体は残ります」と注記を入れました。
道具を「自分のもの」にするって、見た目を整えることだけじゃなくて、自分を守る仕組みを最初から組み込むことでもあるんですね。
誰か他の人のためじゃなくて、明日の自分のために。
「何もないように見える日」に積み上げた備えが、「何かあった日」の自分を救う。
AI の提案は、確認の一手間を挟んで使う

夜が深くなって、最後にもう一つ試したことがあります。
お題を書いたら、AI がスライドの構成を考えてくれる機能を付けてみたんです。
Google の Gemini という AI に、「AI時代の子ども向けスライドを8枚で」とだけ書いて投げてみました。
少し待つと、AI が考えた構成が画面に流れてきました。
1枚目のタイトルは「AIと なかよし!
あたらしい おしごと 探検隊」。
私は「かわいい」なんて言っていません。
ただ「子ども向けに」とだけ書きました。
そこから「なかよし」「あたらしい」「探検隊」という言葉を選んでくれたのは、AI でした。
道具に話しかけて、道具が応えてくれる。
少しだけ感動した瞬間でした。
でも、AI が返してきた構成を、そのままスライドにはしません。
いったん画面に出して、私が目で確認して、必要なら直して、それから「生成」ボタンを押す。
そういう2段階にしました。
AI は便利です。
でも「AI が言ったから」でそのまま進めてしまうと、いつか取り返しのつかないところに行ってしまうと思います。
AI と私の間に「私が確認する時間」を一枚挟んでおく。
AI が野菜を切ってくれても、味つけをして鍋に入れるのは、やっぱり私です。
機械に頼りながら、手綱は手放さない。
そうやって道具と付き合っていけたらいいなと思いました。
道具を作ることは、未来の自分との約束を一つずつ増やしていくことなのかもしれません。
今日の私が積み重ねたものに、明日の私もきっと助けられる日がくる。

