開発日記210本の移行|記録を1か所にまとめた話
開発日記を書き始めたのは、去年の7月でした。
Mintorというサービスを作りながら、毎日のように記録をつけていました。
今日やったこと、ぶつかった壁、見つけた解決策。
日記帳に書くように、淡々と。
気づいたら210冊になっていました。
でも、それらは別の場所にしまってありました。
ブログとは違うリポジトリ。
いつか整理しようと思いながら、ずっとそのままでした。
今日、ようやく引っ越しました。
プログラムを書いて、210冊を一気に運んで、ブログの棚に並べて、1冊ずつラベルを貼って。
数分で終わりました。
210冊のノートを見返すと、自分がどれだけの距離を歩いてきたかがわかります。
最初はReactの書き方もわかりませんでした。
「コンポーネントって何?」というところから始まりました。
それが今では、APIを設計して、国際化して、セキュリティを考えて、ブログのシステムまで自動化しています。
1日1冊のノートは、小さな一歩です。
でも210冊並べると、ちゃんと道になっています。
independent-mylife.com。
自分の力で生きる人の記録。
今日、その本棚に210冊が加わりました。
引っ越しを先延ばしにしていた理由

「いつか整理しよう」と思い続けて、ずっとやらなかった理由は簡単です。
面倒だったから。
210冊を一つずつ確認して、ファイル名を直して、移動して。
想像するだけでうんざりします。
だから「今日じゃなくていいか」と毎日先延ばしにしていました。
でも実際にやってみたら、数分で終わりました。
プログラムを書いて、一気に処理する。
そういう方法を知っているのに、「面倒くさそう」という気持ちだけで後回しにしていました。
これって、日常でもよくあることです。
やってみたら大したことないのに、始めるまでが一番重い。
洗い物も、確定申告の書類整理も、歯医者の予約も。
記録を残すということ

210冊のノートには、うまくいった日のことも、うまくいかなかった日のことも書いてあります。
「今日はFirebaseの設定で丸一日つぶれた」「やっとデプロイできた」「原因がわからなくてイライラした」
そのときの感情がそのまま残っています。
読み返すと、「あの日の自分、けっこう大変だったんだな」と他人事のように思えたりします。
子どもが小さいころ、成長記録をつけていました。
初めて歩いた日、初めて自分で靴を履いた日。
書いていたときは「ただの記録」でしたが、今読み返すと宝物です。
開発日記も、きっと同じです。
今はただの作業記録。
でも1年後、2年後に読み返したとき、「ここから始まったんだな」と思える日が来るかもしれません。
「数分で終わった」の裏側

210冊の移行が数分で終わったのは、プログラムを書いたからです。
でも、そのプログラムを書けるようになるまでに、何百時間もかかっています。
去年の7月から毎日少しずつ学んできたことの積み重ねが、「数分で終わる」を可能にしました。
毎日やること。
続けること。
それが、いつか「数分で終わる」につながります。
210冊のノートを並べて、改めてそう感じました。
1冊1冊は小さな記録です。
でも、それが積み重なって、今の自分を作っています。
**続けてきたことは、消えません。
ちゃんと、自分の中に残っています。**
ノートを並べた先にあるもの

210冊のノートが1か所に揃ったとき、「次は何を書こう」という気持ちが自然と湧いてきました。
不思議なものです。
バラバラの場所にあったときは、自分がどれだけ書いてきたのか実感がありませんでした。
でも一覧で見ると、「これだけ続けてきたんだ」という自信のようなものが生まれます。
子どもが小学校に入学してから、毎年の通知表を1つのファイルにまとめています。
1年生のころの「がんばりましょう」が、学年が上がるにつれて「よくできました」に変わっていきます。
本人は覚えていないけれど、ファイルを見返すと成長が見えます。
記録をまとめるということは、自分の成長を可視化するということなのかもしれません。
210冊のノートは、私にとってのアルバムです。
技術的なことが書いてある日記帳ですが、読み返すとそのときの気持ちまで蘇ってきます。
焦っていた日、嬉しかった日、もう辞めようかと思った日。
全部まとめて、1つの棚に収まりました。
続けてきたことが目に見える形で残っていると、また書こうという気持ちになります。
次のノートは、211冊目から始まります。

