「ないなら、作ってみる」が選択肢になる暮らし
Kanae
Independent My life
朝、自分の作業道具を見直していました。
便利だと思って自分で作ったものが、いくつか並んでいます。
コードを点検してくれる道具です。
よく見たら、一度も使っていませんでした。

最初は、自分の意志が弱いせいだと思いました。
「使おう」と決めたのに使わない。
だらしないなあ、と。
でも、よく考えると違いました。
使うたびに、自分で思い出して、自分で動かさないといけなかったんです。
人は忘れます。
私も忘れます。
意志の強さの問題ではなくて、思い出す手間がかかる仕組みだった、というだけのことでした。

それで、思い出さなくても勝手に動くように変えてみました。
作業の区切りで、必要なチェックが自分から声をかけてくれる。
そういう形です。
やってみて思ったのは、これは道具箱だけの話ではないな、ということでした。

家事も、片付けも、たぶん同じです。
「ちゃんとやろう」と気合を入れても続かないのに、動線の中に組み込んでしまえば、気づいたら終わっている。
やろうと思わなくても、自然と手が動く流れの中に入れてしまう。そういうことです。
意志に頼ると、調子のいい日は回って、疲れた日は止まります。
でも仕組みにしてしまえば、調子の悪い日でも勝手に動いてくれます。

私はずっと、続かないのは自分のせいだと思ってきました。
でも本当は、自分を責めるより、仕組みを変えた方が早かったのかもしれません。
できないままにしておきたくない、という気持ちは変わりません。
ただ、その気持ちを「毎日思い出して頑張る」ことに使うのではなくて、「一度仕組みを作る」ことに使う。
その方が、私には合っている気がしました。
道具を作って満足するのではなく、ちゃんと使われる形にしておく。
今日はそんなことを考えた朝でした。