新しい入り口を作った日
昨日、YouTube チャンネルを作りました。
といっても、まだ動画は一本も撮っていません。
チャンネルの箱だけを作って、説明文を書いて、アイコンを置いて、それで終わりです。
正直に言うと、少しドキドキしていました。
きっかけは、ひとこと

私は去年の11月から、note というプラットフォームで文章を書いています。
自分の日々の気づきや、作っているものの話や、暮らしのことを、たまに長くて、たまに短く書き続けています。
読んでくれる人が少しずつ増えてきて、それだけで嬉しかったのです。
でも最近、ときどき言われるようになりました。
「気になってるんだけど、長くて読めない」
そう言われるたびに、私は「そうだよね」と思っていました。
文字を読むのって、思っているよりエネルギーがいります。
細切れの時間には、動画のほうが合うのかもしれないな、と。
でも、私は顔出しが得意ではありません。
声も、別に特別に上手いわけじゃありません。
YouTube、と聞くと、もっと華やかで、もっと話が上手な人たちがやるものだと思っていました。
だから、ずっと「やらない選択肢」の引き出しに入れたままでした。
「別の入り口」という考え方

それが変わったのは、先日の作業がきっかけでした。
あるツールを使っていて、私はずっと画面をポチポチ操作していたんです。
画面のなかで部品を動かして、線をつないで、名前を調整して。
それが「普通のやり方」だと思い込んでいました。
でも、同じツールには別の入り口がありました。
画面じゃなくて、設定ファイルを直接書く方法です。
それに気づいた時、私は少しだけ、考え方が変わりました。
「ひとつのものに入る入り口は、ひとつじゃないんだ」と。
note という入り口から私の文章を読んでくれている人がいる。
だったら、別の入り口を作れば、別の人が入ってきてくれるかもしれない。
そう思いました。
顔を出さない、という選択

YouTube を始めるにあたって、最初に決めたことがあります。
**顔を出さない。
画面録画をメインにする**。
これは、「隠している」わけではなくて、「私にとって自然な形」だと思いました。
私が伝えたいのは、私の顔ではなくて、私が作っているものや、作っている過程や、途中で感じたことです。
画面を見せれば、そのまま伝わります。
私の顔が映っていなくても、たぶん大丈夫です。
完璧な編集もしないつもりです。
試行錯誤の過程を、そのまま見せていきたい。
うまくいかなかった時も、そのまま。
私が作っているものは完成品じゃなくて、いつも途中だから、動画も途中のまま見せていいはずです。
コンセプトが、歩きながら固まっていく

チャンネルを作ってから、私は説明文を書きました。
「非エンジニアでも、AI があればここまでできる」
そう書いた時、私は自分で少しびっくりしました。
実は、もう少し前まで、私は自分のことを「業務効率化が得意な人」として紹介しようと思っていました。
GAS というプログラミング言語を 5 年ほど独学で使っていて、仕事の自動化をしてきた経験があるからです。
でも、書きながら気づきました。
私がこの一年でやってきたのは、業務効率化だけじゃない。
AI を使って Web サービスを作ったり、個人開発コミュニティを運営したり、40 代で学び直しをしたり、いろいろなことを同時にやっていました。
「業務効率化の人」と自分を狭めてしまうと、その他のことが話せなくなってしまいます。
だから、もっと広い言葉にしました。
「非エンジニアでも、AI があればここまでできる」。
これなら、業務効率化も、Web サービス開発も、40 代の挑戦も、ぜんぶ入ります。
コンセプトって、最初から完璧に決まっているものじゃないのかもしれません。
歩きながら、少しずつ言葉が合ってくる。
そんな感じがしています。
最初の一歩は、まだ踏み出せていない

正直に言うと、私はまだ一本も動画を撮っていません。
箱を作っただけです。
説明文を書いて、アイコンを置いて、カテゴリを選んで、それで「開設しました」と言えるようになっただけです。
動画を撮るには、台本を書いて、録画して、編集して、サムネイルを作って、公開して……。
やることはたくさんあります。
そして、私はまだ、そのどれもきちんとやったことがありません。
でも、箱を作った時点で、前の自分とはちょっとだけ違う場所にいます。
「いつかやりたい」から「いつからやろう」に変わったのです。
小さな違いだけど、私にとっては大きな一歩でした。
新しい入り口を、自分のために

この話は、別に YouTube の話だけじゃないのかもしれません。
私たちはみんな、何かしらの入り口を持っています。
仕事で使っている入り口、家族とつながる入り口、趣味でつながる入り口。
それぞれが、私たちの生活を支えてくれています。
でも、たまに「別の入り口も作ってみよう」と思うことが、あってもいいのかなと思いました。
今の入り口を否定する必要はありません。
note は大事な場所だし、これからも書き続けるつもりです。
ただ、そこに新しい入り口を増やすだけ。
新しい入り口を作ると、新しい人が入ってきてくれることもあるし、何より、自分自身がちょっと違う角度から物事を見られるようになります。
文字で書くのと、動画で話すのは、きっと違う脳を使います。
どちらが優れているわけでもなくて、ただ違うだけです。
その違いを、これから楽しんでいけたらいいなと思っています。
おわりに

深夜に箱を作りながら、私は思っていました。
「誰も見てくれなかったらどうしよう」と。
でも、すぐに違うなと思い直しました。
誰にも見られなくても、作ったこと自体が意味を持つ。
そう信じることにしました。
見てくれる人がいたら嬉しい。
いなかったら、その時はその時で、続けるか、やめるか、変えるか、ゆっくり考えます。
それくらいの気楽さで、最初の一本を撮ってみようと思っています。
明日か、来週か、来月か。
いつになるかは分からないけれど、その日は確実に近づいています。

