直すたびに、穴が見つかる夜でした
夜中、ひとつのバグを直し終えたところでした。
やっと終わった、と思った数分後に、その確認作業の中から別の壊れた場所が見つかりました。
直して、確かめて、また見つかる。
この夜は、それが何度も続きました。
不思議と、嫌な気持ちにはなりませんでした。
以前の私なら、たぶんへこんでいたと思います。
「直しても直しても終わらない」「自分の作ったものはこんなに壊れているのか」と。
でもこの夜は、見つかるたびに少しほっとしている自分がいました。
見つかった壊れは、もう「直せる壊れ」

理由を考えてみたら、シンプルでした。
見つかった壊れは、もう「直せる壊れ」になっているんです。
壊れていること自体は、見つかる前から変わっていません。
お気に入りのページは何週間も前から壊れていたし、日程変更の機能は公開した日から一度も動いていませんでした。
私が知らなかっただけで、ずっとそこにあった。
知らない間は、何もできない

知らない間は、何もできません。
直すことも、謝ることも、優先順位をつけることもできない。
見つかった瞬間に、はじめて選べるようになります。
今直すのか、後で直すのか、直さないと決めるのか。
前職で「気づかないまま」の怖さを知った

前職で働いていた頃の私は、「気づかないまま」が一番怖いことを、身をもって知りました。
気づかないまま消耗して、気づいたときには適応障害になっていました。
時間も心も、気づかないまま失うのが一番高くつく。
だから今は、壊れた場所が見つかる夜を、悪い夜だと思わなくなりました。
静かなことと、健全なことは、別だった

むしろ、何も見つからない静かな夜のほうを、少しだけ疑うようになりました。
本当に何もないのか、見つける手段がないだけなのか。
この夜に見つかった壊れの多くは、エラーも出さずに静かに壊れていたものでした。
静かであることと、健全であることは、別なんですよね。
直すたびに穴が見つかる夜は、くたびれます。
でも、穴が見つかる仕組みと、一緒に探してくれる相手がいる。
それは結構、恵まれたことなのかもしれないと思いました。
朝方、最後の修正を本番に反映して、壊れていたページが直ったのを確認してから休みました。
明日もたぶん、何か見つかります。
それでいいと思っています。

