婚約破棄された私が取り戻した『自信』 ~自分を嫌いになりかけたあの頃~


はじめに
婚約破棄をされたあの頃、私は毎日自分を責めていました。
「私が悪かったのかもしれない」
「私が我慢すればよかったのかな」
――そんな言葉ばかりが頭の中をぐるぐる回っていました。
彼の母親に言われた言葉は、自分の両親や生き方そのものを否定されたように感じて、今でも忘れられません。
母親の反対だけで、あっさりと私との未来を諦めた彼に対する怒りと、
同時に「でも、そうさせたのは私なのかもしれない」という自責の念。
「もっと我慢すれば良かったのかな」という後悔。
寄り添おうとする姿勢を見せてくれたこともあったけど…
結婚に向かおうとする想いとは別のところで、勝手に二世帯住宅に建て替える話が進み、間取りの相談もないまま「一緒に住む前提」で話が進んでいる状況に、私はついていけませんでした。
もしも結婚したとしたら、家に縛られ、近い将来訪れるであろう4人の義理の祖父母の介護を見据えて、「家業は夫婦でするのが普通だから手伝え」「子どもは跡取りの男しかいらない」と言い放つ義父母の存在におびえながら過ごす。
「私って何なんだろう」
そんな風に、自分を責めて、悩んで、迷って――
私は「自分のことが嫌い」になっていきました。

当時は自分を認めてくれない人に、自分を認めてもらおうと努力する気力もなかったです。
自信を失った日々
SNSで幸せそうな投稿を見るたびに、胸が苦しくなりました。
私はFacebookしか使っていませんでしたが、通知で届く家族の写真、旅行の報告、日常のちょっとした幸せの共有…。
どれも眩しすぎて、羨ましくて、見ているのが辛くなってしまいました。
妊娠中、高校の同窓会の連絡が初めて届いたときも、結局行きませんでした。
自分のお店を持っていたり、大手に勤めていたり、起業している友人たちが本当に眩しくて、「なんで私は…」と比べてばかり。
人と関わるのが怖くなっていました。
未婚の母になることは、本当に仲の良い数人にだけ、会えるタイミングで直接話しました。
でも、「平気なふり」「無理していないふり」をしていたのかもしれません。
…いや、無理していたのかどうかも、今ではもうよくわかりません。
ただ、誰にも「かわいそう」と思われたくなかった。
それだけははっきりしています。
人と比べて、ないものばかりに目が行く日々。
「どうしてこうなったんだろう…」
「何をどこで間違えたんだろう…」
そんな風に、自分を好きになれない時間が長く続きました。
結局Facebookの友達をほとんど削除し、今でも年に1,2回開けばいいほうです。

InstagramやX(旧Twitter)もやったことがなくて、今回ブログを開設するにあたってXのアカウントを作りましたが、SNSに触れてこなかったので何を投稿すればいいのかもわからず、放置したままです。
自信をくれたのは「誰かとのつながり」だった
最強の宝物
私の心を少しずつ変えてくれたのは、何より子どもの存在でした。
笑顔を見せてくれるだけで、「この子のために頑張らなきゃ」と思えた。
それが、最初の小さな希望だったと思います。
周りからの言葉が背中を押してくれました。
「一人でも産むと決めたのは、それだけで相当な覚悟がいったでしょう」
「あなたなら大丈夫」
「応援するよ」
意見やアドバイスではなく、ただ私の決断を認めてくれる言葉。
それだけで、心が軽くなる瞬間がありました。
同じ境遇の仲間との出会い
ある時期から、友人や知人を通して、同じように悩み、迷っている女性たちと話す機会が増えていきました。
例えば…
- 妊娠を伝えたら彼が音信不通になった女性
- 妊娠後に彼が既婚者だと判明した女性
- 事情はわからないけれど、初めから未婚の母になる決意をしていた女性
みんな、私が未婚の母として生きていると知って、
「話を聞いてほしい」「どうしたらいいかわからない」と相談してくれたのです。
大前提として、私はどんな状況でも授かったのであれば“産むべき”とは思っていません。
人それぞれの事情があり、受け入れられない事情があり、自分で選択する権利があります。
だからこそ、“今の気持ち”と向き合って、“今の自分”を大切にしてほしいと伝えていました。
今、つらい?
今、悲しい?
でも…少しだけ、その子に対する喜びもある?
「つらくて、悲しくてのなんてあたりまえじゃん!」って思いますか?
そう、つらいし、悲しいし、どうにもならない気持ちになるのは、あたりまえなんです。
目を背けたくなる気持ち、なかったことにしたくなる気持ち、全部自然な感情です。
全部含めて、それが“今の自分”です。
その感情にちゃんと気づいて、受けとめてほしい。
ぐるぐるといろんな感情が湧き上がってくると思います。
それでいいんです。それが普通なんです。
まずは「こんなに混乱してる私、おかしくないんだ」と気づくことが大切なんです。
ぐるぐる考えて、悩んで、また考えて――
今まで生きてきた中で、一番たくさん悩むかもしれない。
でも、それでいい。自分の心に正直でいてほしい。
そして、どんな結論を出したとしても、
「悪くないよ」
「怖くないよ」
「大丈夫だよ」
「なんとかなるよ」
「なんとでもなるよ」
——そうやって誰かに言葉をかけながら、自分自身にも言い聞かせていたのかもしれません。
「こんな私でも、誰かの役に立てるんだ」
「こんな私の経験でも、誰かの役に立つんだ。」
そう思えた時、「私、また頑張れるかもしれない」と、少しだけ自信が芽生えたのです。

いつか、そんな女性たちが安心して過ごせる母子寮を運営したいという夢も生まれました。
まだ実現には至っていませんが、確かに心に根を下ろした夢です。
自信は「誰かのため」が育ててくれる
「子どものために頑張ろう」と思ったことが、私を引っ張ってくれました。
自分のことを信じられなくても、「この子のためなら」と思えた。
その積み重ねが、いつの間にか“自分の力”になっていたのだと思います。
こんな私でも、頼ってくれる人がいる。私の経験でも、誰かの役に立つことができる。
そう感じた瞬間、「私、また頑張れるかもしれない」と、小さな自信が芽生え始めました。
不思議なことに、「子どものために」「誰かのために」と思うと、自然と少しずつ力が湧いてきたんです。
あなたが誰かのために何かをしたとき、その喜びや感謝の言葉が返ってきた経験はありませんか?
その小さな瞬間の積み重ねが、いつの間にか自信となって育っていくのです。

自信って、自分の中からだけでなく、“自分の外側”から湧いてくることもあるんですね。
おわりに:今、悩んでいるあなたへ
もし今、つらい気持ちでいっぱいだったり、
自分を責めてしまったり、
どうしたらいいのか分からなくなっているのなら――
無理に元気にならなくても大丈夫です。
何かをすぐに決めなくても大丈夫です。
私も、かつては同じように悩んで、
立ち止まって、迷って、たくさん泣きました。
でも、少しずつ…ほんの少しずつ、
「これでいいのかもしれない」と思える日が増えていきました。
「私はこれでいい」
今はそう思います。
自信は、最初から持っているものじゃなくて、
毎日の中で少しずつ育っていくものだと、今は思えます。
ずっと自分を責め続けてきたなら、
今日から少しだけ、今日だけでも、自分を許して認める時間を作ってみませんか?
あなたが今感じているその気持ち、
それも大切な“あなた自身”です。
焦らなくて大丈夫。
あなたは決して一人じゃありません。
同じ痛みを抱えて、それでも前に進もうとしている人たちが、たくさんいます。
私も、その中の一人です。
一緒に、少しずつ、
自分を取り戻していきましょう。

一歩ずつでも、前に進んでいきましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
このブログでは、これからも私の経験から学んだことをお届けしていきます。
少しでもお役に立てたら嬉しいです♪
また次回の記事でお会いしましょう!